国際結婚in上海

老舗 鉄人52号復活!

その後の仁義なき戦い

何もしないでランキングトップ返り咲きとは、待てば海路の日和ありってとこか。
このところランキング人気も低下しているから、嬉しさも微妙だなぁ・・・・

その後の近況報告です。
女房はひょんなところで中国の漢方医と知り合い、現在手術しなければならない悩みを抱えていることを相談したら、漢方で腫瘍が小さくなるかも知れないと一縷の希望を持たされ、病院手術は勝手に延期してきてしまった。
こうと決めたら人の忠告など耳に入りませんからね。
まぁこれで最悪事態にでもなったら、これも本人が持って生まれた寿命でしょう。

私は私でただでさえ体調が悪いところへ持ってきて、風邪をこじらせ肺炎に。
レントゲン写真を前に片肺の下部が白くなっているのが肺炎の証拠と、医師から説明を受けた。
まぁ入院するほどではないから3日間抗生物質の点滴をすれば治るでしょうと、パソコンのキーボードを打つ指が超スローモーな老医師は語った。
私も以前中国で突発的に肺炎を患い、3日間の点滴と受けて、難なく完治した経験があるので、全く疑うことなくそれに従った。ところが3日間真面目に点滴を受けても熱が下がった程度で、全身の倦怠感と息苦しさは変わらない。
肺気腫の持病があるから息切れはそのせいかとも思うが、何となくいつもの苦しさとは違う。
いつもの息切れならしばらく休んでいれば、自然と収まって来るのだが、肺炎のそれは絶え間なく苦しい。
私の掛りつけ病院は総合病院ではあるが、規模はかなり小さい。
常駐の医師は少なく、一般内科など週1回勤務で回して感じだから、毎日医師が変わる。
最初に掛かった医師とは違ったが、背に腹は代えられず、再びの診察をお願いした。

自信過剰気味の若い女医さんが、

「それじゃ、もうワンクール、3日間の点滴を追加しましょう」

何だかそんな風に言われるんじゃと思っていたが、こっちはこのまま同じことをやっても全く治る気がしない。
だが素人があれこれいっても仕方がないと思い、その日4回目の点滴をやって苦しさに喘ぎながら帰宅くした。

翌日はかなり強い雨、まったく弱り目に祟り目だ。
タクシーを拾うにも苦しくて大通りまで歩いて行けそうもない。
バイクなら10分も掛からないので、意を決して中国から持ち帰った合羽を被り病院まで走った。
満開を迎えた桜が雨に叩かれ、無情にも散らされた花びらが哀れだったが、今の私は感傷に浸る余裕などない。

417.jpg
(怪我の功名か、今年は思わないところで花見が出来た)

点滴で呼ばれるのを待つ間、かなり苦しそうな様子を見た看護師が、

「だいじょうぶですか、かなり苦しそうだけど」
「もう四六時中苦しいんです、ハァハァ」
「それじゃ、点滴前にもう一度診察を受けた方がいいですね」
「毎回違う先生だけど大丈夫ですか?」
「それはカルテを見れば分かりますから大丈夫です」

今日はあまりの具合悪さに心配した女房が付き添って来ている。
呼ばれて診察室に入ると、今度は四十半ばの中堅医師。
テキパキとした物言いが自信を窺わせるが、2日前の女医さんも自信の塊のよう人だったから、全面的信頼は出来ない。
開いたドア越しに中を見つめていた心配顔の女房と、医師の目が合った。

「奥さんですか?どうぞ中へ、一緒に聞いてもらった方がいい」

待ってましたとばかりに遠慮なく女房は入ってきた。
狭い診察室、中国人らしくどこか不遜な空気を放っている。
医師はカルテを片手にレントゲン写真を見て、

「肺炎で間違いないですね、点滴4回やって効果がないようなので内服薬に変えてみましょう」

突然女房が口を挟んだ。
もういい加減なことは許さないとばかり、気の強い中国人妻が舌鋒鋭く切り出した。

「主人は中国でも肺炎になったことありますけど、2日か3日でよくなりましたけど、もっと強い薬はないんですか!」

日本へやってきて、もう25年にもなるのに、まだ微妙にイントネーションがおかしい奴。
私は思わず冷や汗タラリ、やっぱりお前は外で待っていろと言うべきだった。

「あれは随分前の話だし、今度のはタチが悪いんだよ」
「そんな前じゃないよ」
「まぁ奥さんが言いたいことも分かりますけど、中国は中国、日本は日本のやり方がありますから」
「私がもし強い薬を出して、もしものことがあったら医師免許が剥奪されてしまいますからね、それは出来ないんですよ」

正直、点滴4日間で治る気配もなかったから、こっちは飲み薬なんかで治る訳がないと疑心暗鬼。
これで治らなければ入院だとも付け加えられた。
出来れば入院なんぞしたくない。

1日1錠厳守をしつこく言われ、、とりあえず帰宅後すぐに1錠飲んだ。
そうしたらどうだ、世の中は奇怪なことがたまに起きる。
それまで土砂降りだったのが、いきなり晴れ上がったように夕方に症状は見事に好転した。
翌日にはほぼ完治の気分、理髪店に出向き髪を切ってサッパリしたことからもその激変ぶりが分かる。

服薬後3日を経て再々度胸部レントゲンと血液検査を受けたら、胸の白い靄がかった病巣も半分以上消え、血液検査の数値も元に戻りつつあった。
この日診察を受けたのは、一番最初に診てくれたパソコンのキーボードを打つ指ももどかしい老医師。
「それはよかった、よかった」と治療が上手くいったことを一緒に喜んでくれた。
今時珍しい人情医師であった。
良くなっても1週間はなるべく安静にして薬を飲み切り、最後に内服薬に切り替えてくれた中堅医師のお墨付きをもらえば晴れて放免の運びとなった。

女房は自分が抗議したから強い薬を出してくれたんだと思い込んでいて、私の感謝しろと言わんばかり。
まぁ花を持たせて、そういうことにしておいてやろう。
まったく激動の10日間でありました。

色々なことがあって一時は上海行きも危ぶまれていたが、今年も行く予定です。
私にとっては今年が最後になるかも知れませんがね。


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

スポンサーサイト

PageTop

なるようになるさ

あの悪夢のような東北大震災から昨日で6年が過ぎました。
あの時、私ら夫婦は東京の自宅にいて、いつもと変わらぬ日常の昼下がりにいきなりグラッ!と家が大きな縦揺れ横揺れに見舞われ、女房がリビングの床に這いつくばって「止めてッ!止めてッ!止まってくれ~~」と悲鳴を上げたのを昨日のことに思い出します。
テレビでは各局とも特集を放送していたが、大惨事の後の復興は様々な障害が立ちはだかり、避難解除が出ても戻ってくる村民は少なく、先の見通しが立たないらしい。
何ともいたたまれない気持ちになるが、これほどの大災害に遭ったあとの早期の復興は難しく、いくら気ばかり焦ってもうまく事は運ばず、やはりある程度の時間が必要だと思わざるを得ない。
人間の営み、世の中の流れは、時の流れとともに自然に落ち着くところは落ち着き、自然に収まるところに収まって行くものなのか。
他人事のような言い回しで、またお叱りを受けそうだが・・・・

416.jpg
上海浦東空港  今年も行けるか、行きたい!

ご心配をおかけした女房のその後ですが、やはり医師から手術を強く勧められました。今なら大きく切ることもなく腹腔鏡手術での腫瘍除去可能とのこと。
腫瘍が悪性のものか良性のものかは、摘出検体の病理組織検査をしてみないと確定は出来ないが、ニュアンスでは多分大丈夫という雰囲気だった。
ホッと一安心。

今まで病気らしい病気もせずに今日まで元気に暮らしてきた女房は、それでも納得いかない様子。
手術は即決せず、帰ってから自分なりにネットで調べたり、友達に相談したりしていた。
友達が同じような腫瘍があったが漢方薬でよくなったとかの根拠のない話に僅かの光明を見出したり、上海の母親は昔同じような腫瘍があると医者に言われたが、放っていたら治ったなんて話まで鵜呑みにする始末。

私はそんなこととても信用できないが、頭から否定すれば一層頑なになるのは目に見えているので、ジワリジワリと機嫌をみながら諭して行った。

「今は自覚症状もなく何でもないからって、今年もこのまま上海へ行って、もし向こうで痛み出したら中国の病院で緊急手術だぞ、それでもいいのか」

女房も中国の病院は信用していないから、そこを突かれると動揺する。

「あんたは運が強いからこそ、日本に居られて日本で手術が出来るってのに、チャンスを自分で捨てて勿体ないじゃないの」

貧乏人の性か、損得で話すと妙に腑に落ちるのが早い。
ようやく来月手術を決意してくれました。
結婚生活20年の流れを見てみると、女房の運はそんなに悪くない。
私としては手術結果が良好で、初夏の頃また上海に行けるといいななんて虫のいいことを願っています。


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop

春まぢか

今日ニュースを見てたら、もうすぐ春一番が吹くかも知れないとのこと。
木漏れ日暖かい春がすぐそこまで来てる思うと、気持ちも気分も上向いてきてるところです。

ところが思わわぬ躓き。
今年の春節直前に上海の義母が大きな手術をした。
腹を十文字に切る大手術で、中国のことだから本当に切る必要があったのか、ちょっと疑いも残るが、切ってしまった以上一日も早く回復して欲しいと切に願っている。
それに釣られるように結婚して20年、医者の世話など殆どならなかった元気者の女房が、区の検診で引っかかり夢想だにしなかった癌の疑い。
精密検査の内視鏡検査で医師は「多分手術するようになると思うから、1、2か月は体を開けるようにしていてください」って言われたけど、どういうこと?って落ち込んだ顔の女房。
どういうことって、そのまんまだよ。本当か、ホントにそいう風に言われたのか。これぞ青天の霹靂、てんで穏やかな話じゃないぞ!
明日はMRIの検査をするが、医者はその結果で最終判断するとか。
日常会話は不自由なくても、そういう込み入った話になると、私が直に聞かなきゃ済まんだろう。
私もスタスタ行かれる状況にないが、話が話だけにジッとはしていられない。

市川海老蔵の奥さんのこともあるからな。
もしやなんてことを考えると不安は止め処なく高まってくる。
そんなのまったく想定外だよ、何のために20歳も違う嫁を貰ったんだ。
つつがなく私を看取ってもらうのは、とっくに既定路線に組み込まれ済みだ。
わたしより先に逝くなんて、もしかしても絶対、絶対そんなことは許さん!許せない、許せるもんか!
まったく人世なんて明日どうなるか分からないもの、疲れるもの。
弱り目に祟り目、そんな訳でここしばらく心中掻き毟る日々が続いている。


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop

新年快楽 恭喜發財!

415.jpg

みなさ~ん、安心してください。わたしゃまだ生きてまっせ!

日本の正月気分もすっかり抜けたと思ったら、今度は中国の新年です。
上海の友人から今朝早々にメールが来ましたが、昨日の大晦日は花火も爆竹も全面禁止、街の中のライトアップもない寂しい新年を迎えたそうです。

中国政府は大体やることがオカシイ。
大気汚染を少しでも抑えるためと称し、昨年から年末年始の風物詩であった花火や爆竹はご法度。ついでに年間を通して結婚式、新装開店、催し物の景気付けさえも禁止にしてしまった。
最近は家庭の料理もなるべく炒め物はしないようにとのお触れが出たらしい。
そんな馬鹿な・・・・ここまでくると、もう呆れてものが言えない。
素人でさえもっと他に効果的な方法があるだろうと思ってしまう。

中国は金持ち国家の仲間入りしたとの意識が高い。
しかし内情は、異常な高騰を続けるマンション価格、大気汚染はますます酷くなり、呼吸器疾患の患者は倍々ゲーム、食の不安は常に付き纏っている。
まだまだ粗悪品が横行しているのに、物価は日本を追い抜きとっても住み難くなった。

この先中国はどこへ行くのか、じっくり見極めたい気もあるが、最早わちきの体力が着いて行けそうもない。
歴史は繰り返すなんて言うから、何となく分かるよう気はしますけどね。

皆さんにご心配いただいて感謝しています。
息切れがとにかく酷いんですが、まだ酸素のお世話にならずに頑張っています。
桂歌丸は24時間酸素を離せず、ちょっとでも体を動かすと死ぬほど苦しくて、5mと移動できないって嘆いていましたが、最近はその辛さが理解できるようになりました。

まだたばこを吸っている方は、今すぐ止めた方がいいですよぉ。
こんな風になっちまったらおしまいだぁ。


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop

2017年の幕開け

414.jpg

みなさん、2017年をつつがなく迎えられましたでしょうか?
まっ、とにかく、明けましておめでとうございます。
私は昨年暮れに思いがけないアクシデントに見舞われ、皆さんには大変なご心配をおかけしました。
すでに1か月以上更新も空けてしまったので、ランキングの順位も圏外まで落ちただろうと思っていましたが、皆さんの無言の励ましが感じられる応援クリックで、順位を一つ下げただけで踏みとどまっているのに驚きました。
本当にありがとうございます。
ご期待に応えて早く復帰したいとは思っているのですが、世の中そう思ったようにはいきません。
持病の肺気腫の病状は一進一退、弱り目に祟り目なのに更に追い打ちかけての風邪っぴき。これがもし肺炎だったら、それこそ命取り。
病院が正月休みに入る前、なんとしてもハッキリさせておかねば悔いが残ると、決死の思いで女房の肩を借り、やっとこさ病院に行ってきました。結果はインフルエンザだったので、貰った薬を真面目に飲んだら、今日あたりは鼻水も止まり大分良くなりました。

私と同年配の俳優「根津甚八」が数日前亡くなりました。合掌です。
同年配に事故ではなく病気で死なれるとがガックリきます。
寿命が短いのも長いのも、成功するもしないも、結局はその人が持って生まれた運しだいのような気がします。

そうはいっても不摂生は禁物、健康に気を付けるに越したことはない。
元気なら年をとっても楽しく生きられる。これは私の心からの実感。
皆さんも今日から始まる1年、健康に気を付けながらご活躍ください。
といってもこのブログを読んでいただいている方々は、もう一線を退いた方が多いような気がしなくもないので、ご活躍とはイコール一日でも長いお達者生活ということになるかも知れません。
それならお互い様、またこの1年を元気で楽しく過ごすということを目標しましょう。


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop