国際結婚in上海

老舗 鉄人52号復活!

お会式

 東京に戻ってから雨の日が多い。
雨が少ない上海を考えるとヤケに多く感じる。
唯一の運動であるゴルフの練習場通いも、上海じゃ火曜と金曜は練習日と決めて天気など気にせず行けたが、東京じゃそうはいかなくなった。

昨日も一日降ったり止んだりを繰り返し、日が暮れてまた降り出したのか雨垂れが庇のトタンを叩く音で分かった。
夕飯を食べて寛いでいたら、どこからかドンガラガッタ!ドンガラガッタ!と派手な音が聞こえてきた。
女房が「なんだろう?」と訝しんだが、私にはピン!と来た。

「そうか、今日は御会式か」

お会式とは日蓮上人の命日法要から端を発しているが、明治以降は笛、鉦や団扇太鼓を叩き、威勢よく纏を振り、万灯に明かりをともして練り歩くのだが、今の若者は神輿を担ぐ神社の祭礼と同等に思っているようだ。
私も昔は纏を10年ほど振っていたから、あのドンガラガッタ!が聞こえると、未だにジッとしていられなくなる。
485.jpg

例年、この時期は上海に居るので、長いことお会式とも離れてしまっていたが、やはりあのドンガラガッタ!を聞くと血が騒ぐ。
昨日は町内回り、今日と明日が万灯行列の本番。
雨が心配だが、天の助けで今日の午後からは雨も上がり明日は晴れとの予報。
この年で纏を振れる訳でもないが、見るだけでも待ちきれずに、ネットで昨年以前のお会式動画を検索したら、参加した地元万灯講社25講を丁寧に撮った動画が見つかった。
次々と追って行くと私が在籍していた講が今も健在で出てきた。
私がいた頃の半纏とは違うが、講名を見て懐かしさが込み上げてくる。
知った顔がいるかと何度も見たが、誰一人いなかった。
そりゃそうだろう、私が元気に纏を振っていたのは40年も前の話だ。
まさに光陰矢の如し、振り返ってみると人生とは如何にも短かいもの・・・・・


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

スポンサーサイト

PageTop

上海ぐるり一周

上海に移住している友人がいる。
うちと同じ奥さんが上海人で、すでに中国永住ビザを取得しているという。
最近は中国ビザの取得がかなり厳しくなり、申請時の審査項目がやたらに増えてしまい、はっきり言って更新できるのは日本の一流企業社員で中国語がある程度不自由なく使えて、60歳以下の大学を出ている者とくれば、それに合致する外国人は殆どいないといった方が早い。
その友人はまだそれほど厳しくない時に永住ビザを取得したのだから、運がよかったというか、先を見る目があったともいえる。

近年上海が大都市化してしまって以後、私も体力の衰えとともに昔ほど好奇心も薄れてしまい、あまり出歩くことも少なくなった。
最近あちこちで大規模な開発がまた始まっていて、そのやり方が酷いという話をその友人から聞いた。
違法建築だとか違法営業だとかの難癖をつけ、庶民が商う古い店舗や食堂を強制的に閉店させ退去させられているという。
そういえば私もゴルフ練習場へ行く途中の幹線道路沿いで、異様な光景を見たことがある。
50mほどを歩道両サイドを通行止めにして、黒服の警察官が一斉に後ろ手を組んで4、50人ほどが並ぶ監視体制の中、業者がてんでに連なる商店の看板を外し、入り口に頑丈な錠を掛けていた。
そんなことが今上海のあちこちで行われているという。

「そりゃぜひ見てみたい」

まさに上海近代化の歴史の1ページ、工事が始まったら闇に埋もれてしまう。
そんな話をしたら、その友人が車で案内してくれるという。
ついでに浦東の官庁街の高層ビル周辺も回りましょうとも言ってくれた。いや、ありがたい。
481.jpg
日曜の高速道路は、日頃の大渋滞が嘘のように空いている。
パイナップルの形をしたビルは昔から知っていたが、あれは「上海威斯汀大飯店(ウエスティン外灘センター上海)」というホテルであることを教えてもらった。
特に知りたいとも思わなかったので謎のままになっていたが、ちょっと胸のつかえが下りたような気がした。

477.jpg
上海といえばここが一番有名な観光スポット。
上海租界時代のヨーロッパ建築だが、いまも現役で活躍している。

484.jpg
黄浦江沿いの幹線道路は駐停車禁止で、ゆっくり車を停めて写真を撮ることもできないから車窓から連射した中の1枚。上海高層ビルが立ち並ぶ、定番の風景。

478.jpg
外灘沿いを流れる黄浦江と蘇州河の合流地点に架かる「外白渡橋 (ガーデンブリッジ)」
1907年に架けられた鉄橋で、現存する鉄橋として中国で最も古いそうだ。
この橋を渡ると黄浦地区で、20年前はごみごみした貧民街だったが、今では高層ビルが立ち並ぶ官庁街に変貌した。

480.jpg
上海ではつとに有名な3ビル。
左からビールの栓抜きみたいな独特の形をした「上海環球金融中心ビル」地上101階、高さ492m
真ん中が「金茂大厦ビル」ホテルとオフィスで地上88階、高さ420m
右が2016年に完工した上海中心大厦ビル。地上127 階、高さは世界第2位の632m
近くで見てみると、円形ビルが捻じれるように聳えていた。

476.jpg
上海環球金融中心の栓抜きビルだが、写す位置によっては鋭角ピラミッドのようなこんな写真が撮れる。

479.jpg
終わりがないような開発によって、こういった旧き良き上海の面影を残すビルは」次々と消えて行く。

483.jpg
浦東の官庁街を一回りして南浦大橋を渡って商業地区である浦西に戻る。

ここから本日のメーンイベントである開発現場を見に行く予定だったが、とんだアクシデント。
買ってまだ1年にもならない新車のバリバリである中国車が突然故障。
走っていて急にエンジンが切れてしまう、あぶない、あぶない。
追突されて一巻のおしまいではまだ未練が残る。
こうなりゃ駐車禁止もヘチマもない!ハザードランプ全開で、路肩駐車。

外見や内装はトヨタ車にかなり似せていて、先進のハイブリッド車ではあるが、技術的な品質はまだ本物ではないのか。
中国車といっても値段はトヨタ車とそれほど変わらないようで、300万円もしたそうな。
てなことでメーンイベントなしで、上海グルリ一周は終了。
急ぎディラーに文句を言ってレッカー移動を頼んだが、日曜なので時間がかかりそう。
せっかく乗せてもらって申し訳なかったが、私一人でタクシーで帰ってきた。

2017年上海の休日もあっという間に4か月が経ち、今年は取れてしまった歯の治療もあるので早めに帰国することに。この次の更新は東京からになると思います。
今年の上海は暑かったぁ~・・・・・


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop

上海阿波踊り

 2017年の夏を惜しむかのように、先月末、虹橋で催された夏日祭を観に行った。
女房がたまたまネットで見つけて、「見に行きたいか?」と聞いてきたのが、そもそもの事の始め。
私としては最近の博物館回りもハズレが多かったし、中国ってところは、大したことがなくても派手にぶち上げて関心をそそる癖があるから、安直には乗れないと思った。
それにイベントの時は尋常でない人込みってのが相場だし、今はもう好奇心より私の体力が持ちそうかどうかに判断基準を置いている。
女房が昨年の開催写真をスクロールしてみせる。
日本人なのか中国人なのかは定かでないが、若いい娘の浴衣姿が艶っぽい。
何百という日本提灯が会場を照らし、夜店がズラッと列をなしていて昔を思い出す。
そういえばここ十数年、夏場は上海で過ごしているので、日本の盆踊りもすっかりご無沙汰しているしな。上海でちょいと日本情緒に浸るのも悪くないと思い承諾した。
466.jpg
電車を乗り継ぎ1時間近くもかかってやっと着いた会場は、昨年の開催写真に合った櫓(やぐら)はなく、簡単な舞台が設えてあった。反対側の屋内に所狭しと連なる夜店の方がはるかに立派で、こりゃ、またやられたかの予感。
阿波踊りと盆踊りまでの時間つなぎに、まったく場の雰囲気にそぐわないハードロックを浴衣姿のお姐ちゃんが歌う。

465.jpg
夜店は日本情緒タップリで、昔懐かしい金魚釣りやボンボン釣りもあった。
物足りなかったのはタコ焼きや焼きソバそば、綿飴などの食べ物が売ってなかったこと。

475.jpg
売り子は基本的に浴衣だが、俄仕立てでは所詮艶っぽさとは程遠い。


468.jpg
人集めのため、浴衣は無料貸し出し。
夕方から着付けが集中したことが窺われる対照的な娘二人。
一人はそれなりの形になっているが、もう一人は見様見真似で何とか着たようだ。
普通、これじゃ恥ずかしくて人前に出られないが、日本人以外周りで気が付く人もいないんだから、まっいいか。

467.jpg
ちょうど時間となりました!いよいよ阿波踊りからスタート。
聴き慣れた阿波踊りのお囃子が雰囲気を盛り上げて踊りながら入場・・・・・えっ!これだけ?
司会の話では上海に支店を持つ、四国のなんとかという企業が協賛、協力、好意で出演しているのとか。

471.jpg
バックの「七夕 夏日祭」と大書いた看板がチグハグ。七夕は何の意味?
それにしても比較的若い娘でよかった。
これが大年増だったら、日本文化も誤解されてしまうところだった。

472.jpg
30分の持ち時間がかなり余ったので、客を無理やり舞台に上げて、阿波踊りの即席講習会。

473.jpg
これじゃ盆踊りも期待薄と思っていたら、それどころじゃなくて穴があったら入りたい気分だった。
よくこれで「阿波踊りと盆踊りの夕べ」と銘打てたものだと、逆にその厚顔無恥ぶりと度胸に感心。
東京音頭や炭坑節が派手に流れる中、一人の日本人が懸命に振り付けを教え、適当な輪を作って踊り始めた。
それでも人数が少な過ぎて盆踊りの体をなさず、阿波踊りのメンバーまで強制投入。
意外だったのは阿波踊りの名手も、盆踊りは全く出来なかったこと。
形振り構わず、ハワイアン風の娘客まで引っ張り込んだが、準備不足と人材不足は否めなかった。

474.jpg
最後に今回イベントの記念撮影をして、、何はともあれこれでお開き。
おっ疲れさんでしたぁ~


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop

昭和のケーキ

20年この方、私が贔屓にしているパン屋が、女房の実家近くで今も変わりなく営業している。
私が上海に初めて訪れた時にはすでにあったから、まさに上海の発展ぶりをつぶさに見てきたことだろう。
現在は店を拡張して、麺やワンタンなどが食べられるコーナーやテイクアウト用総菜まで売っている。
夏は店頭に冷たいジュースやコーラが並び、その横では暑いと敬遠されがちな、アツアツのあんまんと肉まんまで売っている。
この暑いさなか行列まで出来る、上海では古くからの人気パン屋である。
464.jpg
(いつ行っても人でゴッタ返してる、上海老舗人気パン屋)

最初に訪中した折、まず本場の中国料理を堪能する楽しみを膨らませて行ったのだが、どれもこれもまったく口に合わなかったことに愕然とした。
食べ慣れた日本式中華料理とは、見た目も味付けも盛り方もすべて違うのだ。
大好きな八宝菜もエビチリも天津丼も中華丼も野菜炒めさえなく、辛うじてそれらしいのは青椒肉絲(チンジャオロース)と回鍋肉(ホイコーロー)くらい。
女房の実家に泊めてもらったのだが、お義父さんが作る家庭料理はもっと合わなくて最悪だった。
腕に選りをかけた何種類もの料理も、一箸二箸口に運んだらあとは手が出ず、冬だったが冷奴豆腐のみで食べた記憶がある。
これだって色は同じだが全く味の違う醤油をかけてなのだから、訪中当初は聞くも涙語るも涙の話だった。まったくあの時は「ご飯だョ~」の声が実に怖かった。

そんな時出会ったのが、写真のパン屋だった。
ちょっと硬めでボソボソ感のあるコッペパン風の中国面包で、真ん中の切込みにバタークリームがサンドされた私好みの菓子パンを発見した。
これが意外に私の口に合った。
食べるに食べられない晩餐が終わり、部屋に引き上げてからコッソリこいつを齧っていた苦い記憶が甦ってくる。

東京でも随分前から生クリームが主流になって、とんとバタークリームにはお目に掛れなくなった。
私の子供の頃、ケーキなんてものは1年に1回クリスマスに食べるものと信じていた。
1回きりだからケーキとは、大きさの違いはあっても丸いホールケーキしかないと思い込んでいた。
子供が楽しみにしているから、親も結構無理したんじゃないかな。
自分で稼ぐようになってから、念願だったケーキ1ホールを一人で端から食べるという贅沢を実現した。クリスマスを1日過ぎたら半値になるのを知ったからだ。
一人暮らしの安アパートで黙々と食べた。
その時はそれほど惨めとは思わなかったが、今思い出すとかなり暗い青春だった気がする。
ホールの上にバラの花が咲いたように幾つもデコレーションされ、赤やグリーンの砂糖漬けされた玉っころが目に鮮やかで、仁丹みたいな銀粒がパラパラッと撒かれていたっけ。
463.jpg
(一口食べれば、鮮烈に昔が甦ってくる不思議なケーキ)

今はバターそのものの質が格段に良くなっているから、バタークリームの味もきっと変わっていると思う。だとしたら、たとえ東京のどこかでバタークリームケーキを売っていたとしても、それほど食べたいとは思わない。
懐かしい思い出を呼び起こす起爆剤のような、昔ながらのコテコテしたバタークリームケーキ。
それを上海で見つけた。ここ数年はご無沙汰していたが、ふと思い出して買いに行った。
上海のバブル景気を反映してか、いつの間にか1個売りがなくなって6個入りワンパックになり、1個6元(100円)×6個で36元(600円)になっていた。
近頃上海でもケーキは生クリームが主流で1個相場は15元(240円)くらいだが、深みのない単一的な味のうえ色が真っ白で、お世辞にも美味しいとはいえない。
もはや主流派ではなくなったバタークリームケーキではあるが、老舗パン屋は1個6元の割安感で健闘している。

女房なんか今やその貴重なバタークリームケーキ1個が食べきれず、「気持ちが悪い」と放棄してしまった。
私だってさすがに郷愁だけではこの脂っこさは克服できず、その後5日間かけてようやく全部食べ終えたのでありました。


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop

上海映像芸術館

 このところようやく朝晩凌ぎやすくなってきた。
夜が明けるのもちょっと前まで4時半から明るくなってきたが、最近は5時でもまだ薄暗く、もう夏も終わりだと予感させる。
ゴルフ練習場でもこのところ赤とんぼをちょくちょく見掛けるから、夏の終わりというよりも秋が始まっているのかも知れない。

出不精も1回出掛ければ弾みがついて、2回目はそれほど抵抗なく行くことができた。
映像芸術館は私が一番興味を惹かれる分野なので、今までも泊まり掛けで浙江省にある大規模なオープンセットを見に行ったり、上海郊外にも京都の太秦映画村に似たのがあって小まめに見に行っている。
どこも中国らしい広大な敷地に建てられていて、一つの街と見間違うほど大掛かりなものや歴史活劇に登場する絢爛豪華なセットは溜息が出るほど見応えがあった。
そんな印象があるから、今度の映像芸術館も大いに期待を抱かせた。

場所は甚だ交通の便が悪いところにあって、電車では最寄りの駅から遠いし、路線バスという手もあるがこれも面倒臭さそう。
距離的には家から10kmほどなので、タクシーに乗って行っちゃえば世話なしとも考えたが、夫婦とも染みついた貧乏性がそれは贅沢と即座に除外。
結局、バッテリーを満杯充電して電動自転車で行くことになった。
中国だって今や消費大国になったのに、どうして私たち夫婦は“贅沢は敵だ”精神が抜けないんだろう。
453.jpg
(映像芸術館の全景、倉庫が2棟建っているようで意外と小っちゃかった)

454.jpg
(壁からバスが突き出ているようなチケット売り場、意表を突くデザインで映画魔術への期待高まる)

窓口に貼られた入場料を見ると、当日券は1人158元(2530円)、子供半額と書いてある。
堅実派の女房が事前にネット予約していたので1人98元(1570円)で済んだが、最近この手の博物館はどこも高い。
私の金銭感覚が渋いからそう言っているのではない。
今でも上海では大学新卒の初任給が3000元(48000円)、サラリーマンで月5000元(8万円)~6000元(96000円)稼げれば、まぁまぁだからだ。
そういった現状からしたら、この程度の施設ではやはり高額といわざるを得ない。

高額が祟ったか、ウイークディだから空いていたのか、とにかく中はガラガラだった。
夏休み中ということもあって、親に連れられた子供たち数グループのはしゃぐ声が、広い館内のあちこちで響いているだけ。
順路通りに歩いて展示物を見て行くが・・・・・面白くない、何これ?
入って最初のコーナーこそ、ターミネーター張りに白バイ警官が壁を突き破って飛び出してくるまさに映画の世界を再現していたが、見せ場は殆どこれだけ。
あとはジャッキー・チェンの映画で使われた衣装数点と小道具の展示少々。
456.jpg
(ちょっと期待を抱かせたハリウッド張りの中国アクション)

459.jpg
(この映画はDVDで私も見た。中国お得意の歴史活劇衣装)

457.jpg
(映画で使用したというが、なんだか訳の分からない小道具見せられてもねぇ)

455.jpg
(ただダダッ広く、空間を無駄に使っているといった印象のメイン展示室)

460.jpg
(2階へ上がる階段の壁もジャッキー・チェン一色、主演ポスターのオンパレード)

462.jpg
(ジャッキー・チェンが等身大でカンフーの型を次々に変えて見せる)

461.jpg
(撮影用カメラを設えたセット。そんなに珍しくはないし、展示品の少なさを補うための数合わせ)

458.jpg
(香港や中国の映画賞を総ざらいしたとでも言いたげなトロフィの陳列)

総評
何年か前の年末、ネット予約注文したおせち弁当があまりにスカスカで、これは詐欺だと問題になったことがあったが、あれとよく似ている。
金も掛けず、内容は貧弱極まりなく、どこを見ても金太郎飴のようにジャッキー・チェン尽くめ。
高いに入場料払って、ジャッキー・チェンの自慢話に無理やり付き合わされた感じだ。
中国じゃ今やこんな人を馬鹿にしたような商売が主流となっていて、価値のないものに不当な値段を付けて儲ける輩のなんと多いこと。こんな施設に限らず、衣料、食料、あらゆる物が根拠もなく値上げが続いている。
金がすべてで、何をしたって儲けた方が勝ちの風潮は依然として蔓延り、いつまで騙された方が悪いと嘯いて済ますのか!
バブルの真っ只中と言ってしまえばそれまでだが、本当に住み難くなってしまった。

「ジャッキー・チェンだらけの宣伝館なんてわかってたら来なかったよ」
「ワタシ、言ったよ」

言った言わないで揉めるのも大人げないと思い、そのあとは言葉を継がなかったが、骨折り損のくたびれ儲けの一日でありました。
皆さんも中国観光の節は、お気をつけあれ。


   
1日1回の応援クリックをお願いします。

PageTop