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国際結婚in上海

老舗 鉄人52号復活!

上海・大勝軒を喰らう

 偶然ネットで上海にも大勝軒があることを知った。
ラーメン通なら誰でも知っている「ラーメンの神様」とまでいわれた山岸一雄。
つけ麺発祥の地といわれている東池袋の本店はいつの長蛇の列だった。
割合と実家が近かったもので、度々店の前を通ることはあったが、「あんなに並んで食べたくない」と一種冷ややかな目で素通りしていたが、一度だけ熱心なファンである友人に誘われて店で食べたことがあった。
お世辞にも清潔とか奇麗とかの言葉が出てこない、お客は僅か6、7人しか入れない狭~い店。客が多すぎて、道路に簡単なテーブルを設えて、外で食べている人の方が多いくらいだった。

「ここはもりそばが美味いんだ、盛りもいいしね」

こっちか何も知らないから、もりそばと聞いて「あれっ?ここラーメン屋だよね?」と聞き返してしまった。
現在はポピュラーなつけ麺だが、大勝軒は初めてメニューに加えた日から「特製もりそば」で通している。
味は友人が大絶賛するだけあって、衝撃的な味わいがあるつけ麺だった。

「なるほど、これなら並んでも食べたくなる気持ちが分かそう」

それからは並ぶ嫌さを堪えて、ちょくちょく食べに行った。
そんな東池袋の名物だった大勝軒も、2007年3月に周辺の再開発により、全国のファンに惜しまれつつ閉店。今は天を衝くような高層ビルが2棟建っている。

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昔から日本人が多く住む古北地区にあるショッピングモール「アピタ」
ここは以前から知っていて、よく刺身などを買いに来ていた。
半年空けたら大改装して日本食堂街が出来ていたなんて、全然知らなかった。

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「アピタ」地下1階日本食堂エリア。
寿司、もんじゃ焼き、鰻の蒲焼、すき焼き、やきとり、なんでもござれ。

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その一角に、今日のお目当ての大勝軒があった。
店先に掲げられているメニューを見ると、ラーメン専門店ではなく、鰻とアボカド重定食とか蒸し鶏カレーかけ定食なんて訳の分からないご飯物もある。
おまけに夜は居酒屋に変身しているようで、こういった何でも屋で美味しい店に当たった例しがない。
正面看板の店名も全部ひらがなだし、何となく名前だけパクった胡散臭さが漂ってきた。

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平日のお昼をとっくに過ぎた時間であったが、客はそこそこ入っていた。
日本色を出すためなのか、えらい昔の日本ポスターが貼られていたり、天井からサッカーボール風船が下がっていたり、飾り付けのセンスがチグハグで日本人にとっては居心地の悪さを感じる。
まぁこれが中国人には受けるというなら我慢もしよう。
だが大勝軒と名乗るからには、せめてその流れを組む味じゃなければ二度と来ないぜ。

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注文は私がシンプルな特製もりそば38元(610円)。
女房は私より10元高いチャーシューもりそばを平然と頼んだ。
女房たるもの、いつも亭主の半歩後ろにいて出しゃばらず、万事控えめで楚々とした立ち居振る舞いの出来る奴が私の理想とする女房像なのだが、理想と現実は噛み合わないのが人生だからな・・・・

出来上がってきた「特製もりそば」、本家より盛りは少なかったが、手打ち風の平麺は腰があって美味しそう。
まずスープをちょっと飲んで味を確かめる。
おっ!これは予想外の展開、う、うまい!そうそう、この味、この味。
食べて損なし!東京じゃ友人に薦められて始めてつけ麺を食べたが、上海じゃ私が友人に薦めよう。

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従業員はお揃いの黒いTシャツ、背中には「らーめんは、鶏がら豚ガラ、そして人柄」とプリントされている。
本店は同じ黒Tシャツでも「麺絆 心の味」とプリントされているから、これは上海店独自のものか。
創業者、故山岸一雄翁が見たら、ラーメン作りの精神を受け継いでくれたと涙するかも知れない。


   
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淮海路を歩く(2)

 あっという間に9月も半ばになって、本格的な秋がやってきました。
あれほど暑かった夏の日差しも大分和らぎ、日中も過ごし易くなった上海です。
今回は淮海路を歩く(1)の続きです。

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淮海路のメインストリートの並木通り。
フランス租界時代に植えられたプラタナスが涼しい木陰を作っています。
左に通り名を示す「淮海中路」の看板が見える。

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豪華、豪華、豪華!店頭に飾られた純金の馬車。
店内に入ってしっかり撮りたかったけど、Tシャツ姿では敷居が高すぎるので外から1枚。
高級志向である淮海路の面目躍如だが、店内はいつもガラガラ。
それでも潰れないところを見ると、超富裕層相手の商売はよほど儲かるのか。

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建ち並ぶ高級店の間に時々出入り口がある。
華やかな表通りとは対照的に、庶民が住む古い造りの低層共同住宅が建っている。
20年くらい前は水は井戸を使い、各家々にトイレもなく共同トイレが外にあった。
夜は馬桶(マートン)という桶に用を足して、朝それを共同トイレに捨てに行くという暮らしだったが、今は改善されたのかどうか?

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洗濯の物干し竿が、槍衾(やりぶすま)のように突き出ている典型的な庶民住宅。
上海は地震がないから何とか持っているが、レンガを積んで出来ている建物の耐震強度はゼロに等しい。

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通り沿いにあった不動産屋の物件広告。
場所は確かに好立地だが、建物は古くて価値がないのにこの値段。
写真上の物件は26㎡の一房一庁、日本的にいえば1K、これで300万元(4800万円)。
下が23㎡の同じ1Kで340万元(5450万円)、これって高くねぇ?
東京の倍じゃきかないような気がするけどね。
上海の不動産はこんなに高くなってしまい、もう庶民には手も足も出ない。


   
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淮海路を歩く(1)

 史上最大の猛暑といわれた今年の夏も、9月に入ったら朝晩めっきり涼しくなった。
1か月前は地球の温暖化がこのまま突き進むんじゃないかと心配しましたが、秋を感じられるようになって少しホッとしている。

上海を代表する繁華街といえば、昔から南京路と淮海路が有名だ。
私の印象では南京路は庶民的で、淮海路は高級志向の街。
淮海路には美味しい日本焼き肉店があって、毎回半年の滞在中に3、4回行っていたので結構馴染みの土地柄でもあった。
その焼き肉屋も6年ほど前に閉店してしまい、以来、淮海路に出掛ける機会もなくなっていたが、女房の「淮海路も最近は寂れてしまったようだ」の一言が気になったので、久し振りに路線バスに乗ってこの目で確かめてきた。

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メイン通り沿いのビルは殆ど建て替えられて、目を引くデザインのファッションビルに変貌していた。
世界の名だたるブランドが集結しているようなビルが、そこかしこに建っている。

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そんな華やかさの陰で、伊勢丹がひっそりと閉店していたのにはびっくりした。
20数年前は日本企業進出のシンボルだったのに・・・・
いずれ解体されて、新しいビルに生まれ変わるのだろうが、再び伊勢丹の看板が揚がることはなさそうだ。

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肺気腫を患って以来、徐々に進行度が深まってきて、「100mも歩けなくなった」とよく女房にこぼしていたが、しばらくぶりに散歩したら50mで息が切れて動けなくなった。
昔の上海は散策道にも百貨店にも、腰を下ろして休むところがなかった。
そんな金にならない場所を作るなら、そのスペースで小商いでもした方が利口だという考えが一般的だったが、国が豊かになると精神的にも余裕が出来たのか、最近は休める場所が増えた。
写真のステンレスベンチはバス停ではない。
広告板を兼ねているが、大体50mおきにこのベンチがあるので大助かり。
淮海路メイン通りをバス3停留所分を歩いたが、これがなければギブアップしていた。

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この通りは昔、決して衛生的とは言えないイカ焼きや焼きまんじゅうの屋台をあちこちで見掛けた。
10年数年前から政府は屋台一掃の方針を強く打ち出し、上海中心部では市の監視係が、あらゆるところで蹴散らすように暴力的な追い出しをしたり、屋台ごと没収したりする場面を何回も見た。
その成果で現在は殆ど見掛けなくなったが、一緒に活況もなくなってしまった感あり。
私は上海の下卑で猥雑でごたごたしたあの活気が好きだったんだけどね。
今でもたまに写真のような老婆が、手作りのアクセサリーみたいなのを売っているのが、どこか哀れを誘う。
警察もさすがに人の子か、無理な追い出しはしないようだ。

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上海じゃ豫園の小籠包と肩を並べて有名な蟹饅頭の店の行列ぶり。
この店の近くにも行列のたえない月餅を売る店がある。
今月の22日から3連休の月餅祝日は大混乱が予想される。


   
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開発の行く先

 上海市を縦断するように流れる黄浦江の川向う、浦東新区の開発現場を2年ぶりに見に行った。
2年前までこの辺りは出稼ぎ農民や開発から取り残された貧しい人々が住む一帯だった。
そこには昔ながらの上海庶民の暮らしがあり、上海の原風景が広がっていた。

都市部にはもう開発の余地がなくなったので、もうそろそろ一段落だろうと思っていたが、なんの!なんの!開発は郊外へ郊外へと止まるところを知らず突き進んで行き、今まで見向きもされなかったこんな貧民地区にまで手が入ったって訳。

私は昔の上海の街並みや庶民の暮らしを見るのが好きで、年1回は必ず電動バイクを駆ってこの辺りまで足を延ばしていたが、2年前に予想もしなかった大開発が始まった。
重機の群れが辺り構わずりレンガ家屋を引き倒し、瓦礫の山を築いている真っ最中に出食わした。
懐かしい田園風景や古民家に対する感傷もヘチマもない。
政府は広大な更地にしてまた同じような都市を造るんだろうと思い、以来2年間行くこともなかったが、今年あれからどうなったのか気になったので出掛けて行った次第。

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渡し船の乗り場の場所も変わり、現在は大きく迂回して徐浦大橋をくぐって向こう岸に渡る。この橋は自動車専用なので、歩きと自転車とバイクのために今でも渡し船は健在だ。
運行時間は朝7時~夕方18時までで、船賃は片道2元(32円)、昔は片道5角で往復1元だった。

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取り壊されていない家も稀にはあったが、ほとんど空き家状態のなか、行き先がないのかまだ住んでいる人もいるようだった。

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電動バイクの修理屋さんのようだが、今も営業しているのかどうか?
母親が子供の頭をバリカンで刈っていた。
これが同じ上海の住人かと思うくらい経済格差は激しい。

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解体途中の地域は、どの家も中途半端に壊したまんまの家が多かった。
また住み着かれないよう、雨露を凌げないようにしておくんだとか。

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写真ではあまり伝わってこないが、土煙モウモウで目を開けることもできなかった。
瓦礫を完全撤去したあとの、干からびて荒涼とした大地。

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2年の間放置され、緑の雑草も生えてきた。
遠くに見えるビル群がヒタヒタと侵略してきそうな不気味感。
政府はこの広大な土地をどのように利用するつもりなのだろう。
それとも確たるビジョンもないまま、とりあえず貧乏人を追い出しただけなのか。


   
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ドリアン天国

 日本のスーパーやデパートではあまりお目に掛ったことがないが、これが果物の王様ともいわれる“ドリアン“。
ドリアンは今が旬とみえて、どこのスーパーでも小売り果物店でも、店先に山と積まれている。大体、1個100元(1600円)くらいだが、日本で食べようとすると楽天ネットで1個7000円もする。
お得になることが大好きな私にとっては、これはまさに天国気分。
食べ放題のドリアン三昧の日々を送っても不思議じゃないのだが、人生とは中々うまくいかない。わたしゃ、あの独特の臭いが生理的に合わない。
どんな臭いなのかといわれると何とも形容しがたいが、腐ったチーズか生ゴミのようだというのが一般的。
これが果物の匂いとはとても信じられず、反射的に息を止めてしまうほどだ。
女房は香しい匂いだというが、とてもそんな生易しいもんじゃない。
女房がこっそり買ってきて、物干し部屋に隠してドアをキッチリ閉めていても、あまり鼻が利かない私なのに一瞬で気が付くくらい強烈なのだ。

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店先にこれ見よがしにと積まれたドリアン。
全体が巨大なバラの棘状の殻に覆われいて、果物というより危険物に近い。
こんな積み上げちゃって、1個でも転がり落ちてきて人に当たったら、タダじゃすまないと思うけどね。

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熟れてちょっとひび割れたところを、無理やり引き裂くように、こじ開ける。
この時点で、もう息が出来ないほどの猛臭が襲ってくる。
この激甚災害的な臭いじゃ、女房の奴、ビニール手袋なんかしたって無駄、無駄。
普段は見ようともしない私も、顛末をブログに載せようと思っているから必死だ。

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パッカリ割ると芋虫の親玉みたいのが、コゴロゴロっと出てきた。
いっぺんに食べられなきゃ、冷凍しても美味いんだとか。
冷凍して臭いが収まるるのなら、全部凍らせて食べたい時に1個ずつ出したらいいのにと思うが、女房曰く、やっぱり冷凍すると味が落ちるんだとかで却下。

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取り出してすぐさま密閉式のプラ容器入れるのだが、それでもいくらか漏れてきて冷蔵庫はドリアン臭で充満。
女房が全部食べ終わるまで、私は冷蔵庫も開けられない。
可愛い女房の楽しみのためならと1回くらいなら我慢もするが、この戦い、最盛期が終わるまでまだ3、4回は続きそうなのが差し当たっての悩みなのであります。


   
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